美しい魚です。そのフォルムは、まるで研ぎ澄まされたナイフ。初夏の陽光を乱反射しながら輝く鱗が、プラチナを思わせます。
不思議な魚でもあります。日本でエツが棲息しているのは、有明海とそこに流れこむ川のみといわれています。しかし、中国大陸の沿岸部でも同じ姿を見ることができる。つまりエツは、かつて日本列島が大陸とつながっていた時代の名残(なごり)ともいえる貴重な生物なのです。
希少な魚だということも忘れてはなりません。「ニシン目カタクチイワシ科」に分類されるエツは、絶滅危惧II類(Vulnerable=VU)、すなわち「絶滅の危険が増大している種」に指定されています。守っていかねばなりません。
愛(いと)しい魚です。エツ漁は、毎年5月初旬から7月中旬まで。獲れるのは、産卵のために筑後川をのぼってくる親魚(しんぎょ)で、漁法は伝統の「流し刺網」です。
水から引き上げられたエツは、すぐに動かなくなります。悲しいほどに脆弱なのです。その儚(はかな)いまでのかよわさが、美しい姿と相まって、自然というものの不可思議を思わせます。
そしてなにより、おいしい魚です。刺身は絶品。唐揚げや塩焼き、煮つけなども格別の味わいです。傷みが早く、小骨も多いので、調理には高度な技術が求められます。三川屋は、この貴重な素材に長く取り組み、20種類をこえる自慢の料理を生み出しています。
エツが獲れる頃、川岸には葦が伸びて風にそよぎます。筑後川の初夏を彩る穏やかな風景です。
遙か昔、この川の船着き場に、ひとりの旅の僧が佇んでいました。そのみすぼらしい姿は痛々しいほどです。対岸に渡りたい。でも、お金がない。そんな彼をどの船頭たちも相手にしませんでした。
途方に暮れて立ち尽くしていると、ひとりの船頭が声をかけてくれました。
「どうぞ、私の船にお乗りなさい」
その親切に微笑で応えた僧は、岸辺で揺れていた葦の葉を取って川に投げたのです。すると、どういう魔法をつかったものか。水面に浮かんだ葉は、一瞬で形を変え、美しい銀色の魚に変身したのです。
驚いた船頭は、もう一度、目を凝らして確かめました。間違いありません。やはりそれは、本当の魚だったのです。
「もし、暮らしに困ったときには、この魚を獲るがよろしかろう」
と告げた僧こそ、のちの弘法大師。すなわち空海です。
かつて遣唐使として大陸に渡り、当時の国際都市・唐に学んだ空海は、あるいは彼(か)の地でエツを味わったことがあったのでしょうか。
真言宗の開祖、空海。その幼い頃の呼び名は「真魚(まお)」といわれています。
【おもな参考文献】
■『魚々食紀——古来、日本人は魚をどう食べてきたか』(川那部浩哉著・平凡社・2000年)
■『生きていた! 生きている? 境界線上の動物たち』(多田実著・小学館・1998年)
■『干潟の海に生きる魚たち——有明海の豊かさと危機』(日本魚類学会自然保護委員会編[田北徹・山口敦子責任編集]・東海大学出版会・2009年)
※その他、多くのウェブサイトを参考にさせていただきました。
一隻 66,000円 + お一人様 5,500円〜(お料理のみ)
一隻 55,000円 + お一人様 7,150円〜(お料理+飲物込み)
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